はれるのではありますまいか。
 最も私たちの眼を惹く実例は、お花の稽古に通つてゐる娘さんたちの、およそお花の精神とは縁遠い、つまり、自然の美しさを活かす、といふ極めて日本的な奥床しい芸道に身を入れながら、とんでもない不自然な、まつたく衣裳のなかに人間がかくれてしまつたやうなけばけばしい着物を着て、それで少しも自分の矛盾に気のつかない、あの「不嗜み」な粧ひであります。
 もうひとつの例。工場などに働いてゐる娘さんたちの、工場への往復の衣裳、殊に、休みの日のいくぶんおしやれをした恰好は、なんと、この娘さんたちに似つかはしくない、どぎつい、軽薄な、そして物ほしげな卑しさの見すかされる着飾り方でありませう。
 制服のできてゐるところは別ですが、さうでなければ、私は是非、適当な方法で、女子産業戦士としての、可憐なうちにも凜とした、爽やかで落ちつきのある外出着の選び方を研究してほしいと思ひます。
 一般の男子についても、私は、かねがね、服装に対する観念が昔と大変に違つて来て、「嗜み」といふ見地から自分の身なりに気をつける男が少くなつたことを、これでよいのかと思つてゐたのですが、今は、殊更それを云ふべき時機ではありますまい。
 たゞひとつ、青少年の服装について、世間があまり親切でないことを、私はいくぶん心配してゐるものです。材料に制限のあることは、これは已むを得ませんが、せめて、制服の仕立をもう少し注意して、からだに合ふやうにするとか、それも無理なら、軍隊のやうに一装二装に別けるとか、特に帽子の被り方、靴の手入など、そこまでの母親の心遣ひがみせてほしいと思ひます。
 それから、大学や専門学校の、学生のあの制帽と詰襟の制服に、背広型の外套を着た姿は、決して見よいものではないといふことを、どうして誰も気がつかぬのでせう。近頃、襟巻は外せといふ声を聞きますが、これも外套を詰襟にすれば自然に解決する問題です。詰襟にして、しかも裾を短く、広く、海軍の水兵の外套に似せてなほ工夫すればよろしい。国民服についても同様のことが云へると思ひます。
 こんなことを仰々しく取りたてゝ云ふわけではありませんが、かういふ無頓着さが、近頃は、だんだん目に余つて来て、「身嗜み」といふ点から、現代の日本人の「嗜み」を判断されたら、まつたく冷汗ものであります。しかし、一国の文化の程度は、かういふところからも推測し得るものであります。
 なぜかういふことになつたかといふと、やはり、前に戻つて、家庭の責任といふことになりませう。
 昔は、服装については実にやかましかつたのであります。それも、母親がちやんと、主人や子供たちの衣裳に関して、必要な知識と感覚とを具へてゐて、決して、世間で嗤はれるやうな恰好はさせなかつた。今のやうに、息子や娘に、「お母さんは洋服のことはご存じないから」とか、「お母さんの好みは野暮つたくて」とか、そんなことは、仮りにも云はせないだけの権威をもつてゐたのであります。
 息子や娘が従順であつたからといふ、たゞそれだけの理由ではないことを、私は確信してゐます。むしろ、昔は、慣例、仕来りといふことが厳格に守られ、服装の選択範囲も比較的限られてゐたために、さう複雑な知識や感覚を必要としなかつたといふことだけは云へませう。そこが、現代の母親の大いに用意と苦心のいるところであります。

 私は先だつて東北のある村を視察しましたが、たまたま国民学校の小さな生徒たちが、学校が退けてぞろぞろ家に帰る途中といふところに出くはしました。
 農村の子供たちの将来について、私は非常な関心をもつてをります。無邪気に戯れながら、三々五々、野道を後になり先になりして、家路へ急ぐのでありますが、家には誰が待つてゐるかと、私はふと思つた。農村の母親は、多分、今時は野良の仕事を一手に引受けてゐて、子供のためにおやつを用意して待つてゐるやうなことはありますまい。それほど忙しく、それほど、子供のことはかまつてゐられないのです。
 しかし、私は、その時、子供たちの服装をみて、どれもこれも、ひどいものだといふことに、聊かあきれたのです。どうひどいかといふと、それは、粗末だとか、汚れてゐるとか、そんなことではない。一種名状すべからざる「だらしのなさ」であります。それは、単なる醜さではない。なにか悲しげなものがある。私は心が真つ暗になりました。
 私は考へたのですが、それはまさしく、母親といふものの愛情が、子供の服装の上に、どういふ形ででも現れてゐないといふ無残な光景ではありますまいか。つまり、子供に着物を着せるといふ、その母親らしい心持が、それらの子供たちをみてゐて、ちつとも私には感じられないといふ事実です。
 農村生活の現状が若しかういふものなら、それは由々しいことだと、私はその土地の人にも語つた次第で
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