ければならないのであります。
 この問題はこれ以上詳しく述べる暇はありませんが、要するに、「家庭」の新しい秩序は、「家」の精神を正しく現代に活かした、家族一人々々の分を弁へた嗜みによつて保たれるわけであります。
 家庭の秩序といふことは、かういふ家族同士の関係のみを指すのではありません。なんと云つてもそれが土台にはなりますけれども、それ以外に、家庭生活の日常の営み方、普通に家事とか家政とか呼ばれてゐる主婦の仕事を中心とした一切の家庭の問題の処理が、如何に秩序立つて行はれてゐるかといふ問題があります。
 この点については、今むしろ各方面で云はれすぎるくらゐ云はれてゐることでありますが、その場合に、これをたゞ、生活の合理化とか、科学化とか、さういふ観点からのみ取りあげ、または、消費生活の規正といふ名で、計画的に生活水準を引下げることが、当面の急務といふ風に喧伝されてゐます。もちろん、その何れも、それだけとしては異議のあらう筈はありません。
 しかしながら、国民の総力を最高度に、しかも、永続的に発揮する態度を備へなければならぬ今日、あまり性急に、ものの一面だけを考へて事を運ぶといふことは、注意しなければならないことであります。つまり、角を矯めて牛を殺すといふ結果に陥りやすい。
 日常生活は、如何に科学化されても、科学化されるだけでは、それは「生活」とは云へない。金品の消費を極度に節約するのはよろしいとして、節約によつて、「生活」に欠くべからざるものまでを失ふといふことになつては、これは一大事であります。
 それには、「生活」といふものの内容を細かに吟味し、日本人としての「生活の拠りどころ」をはつきり把み、苟くも、日本人たるの「矜り」を傷つけ、国民としての質を低下させるやうな「生活」にまで自分たちを追ひ込まないやうに心掛けねばなりますまい。
 こゝで、物質の欠乏をある程度まで精神が補ふといふ実例をあげて、「生活の秩序」とは、かくの如き心構へと方法とから生れるものだといふ結論を得たいと思ひます。
 幾組かの家族がありました。それぞれ子供がゐて、近頃は洋服がなかなか間に合はない。一軒の家だけでは、どんなに工夫をしても、順繰りに下の者に譲るといふことさへできません。そこでこの幾組かの家族が、共同で、子供の被服類をお互に融通したり、交換したりする組合のやうなものを作つたのであります。十六になる甲の家の娘の小さくなつたスェーターを、十四になる乙の家の娘が譲りうける。乙の家の中学を出た男の子の制服が、丙の家の今年中学へはひる丈高のつぽの子に丁度いゝ。かういふ工合にして、消費の節約と物資の活用とを実践してゐる話が私の知つてゐる範囲にあるのです。

 生活を秩序だてるといふことは、近頃の言葉で云へば、生活に計画性を与へるとでも云ふのでありませうが、これは、一家の主婦だけの力では、すべての解決は困難でありませう。どうしても、主人の英断と協力が必要になつて来ます。そのうへ、以上の例でもわかるとほり、生活の協同化といふ一つの新しい試みが、十分の用意をもつて企てられなければならないのであります。
 最後に、私は、生活上の「秩序」として、すべて「かまける」といふことがないやうに、常に心の余裕、ゆとりをもつことが大切だといふことを附け加へたいのです。余裕とは決して、心の緩みをいふのでもなく、骨惜しみを指すのでもありません。これこそ、家庭生活を味ひあるものとするひとつの要素であるのみならず、この「味ひ」のないところには、「秩序」も真の「秩序」となり得ないといふことを、とくと申しておきたいのであります。

[#7字下げ]九[#「九」は中見出し]

 家庭の「嗜み」についてはこれくらゐにして、次は、社会生活全般に亘つて、日本人の「嗜み」がどんな形で現れてゐなければならぬかを述べませう。

 わかり易いところから、先づ、「身嗜み」について申します。
「身嗜み」は、女に必要であると同時に、男にも必要であることは云ふまでもありません。しかしながら、女の粧ひは、女にとつて一つの精神的労作ともいふべき「生命の表現」でありますから、これを男の場合と同様に片づけることはできますまい。
「女はおのれを好むもののためにかたちづくる」と古人は申しましたが、結局、女の本能は自分を美しくみせるにあるといふぐらゐの意味であらうと思ひます。
 それはそれで異論はありませんけれども、そもそも、「美しくみせる」といふ技術と、その技術の根柢をなす真の「女性美」なるものの標準について、現代の女性は、私に云はせると、多少迷つてゐるのではないか、自分のどういふところを活かせば一番美しくみえるか、といふはつきりした目当てがないのではないか、さう思ふのです。
 そこから、「女の嗜み」に反する「身嗜み」が平然と行
前へ 次へ
全17ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング