もう「人」の問題で、その人の全人格が仕事を通じて一個の社会的価値を生むからです。そして、仕事を含んだその人の存在が、そのまゝ世の中の光明であり、国の力であるといふ結果になるのです。
 私は一人の立派な青年を識つてゐます。この青年はある山村で郵便配達をしてゐました。最初に私の注意を惹いたのは、その青年の態度でありました。郵便物を家人に渡してゐるその様子に、どことなく非常に良心的なところが見え、言葉つきもはつきりしてゐるうへに、動作が至つて敏活なのであります。機会があつて、私はその青年と親しく口を利いたところ、果して、彼は青年団の幹部にも推され、村の青少年を指導してゐるやうな人物でありました。そして特に私を感動させたのは、彼の抱いてゐる「夢」が実に見事なものであり、その「夢」の実現に向つて日夜奮闘努力してゐることが、素朴で謙遜な表現によつて十分察せられたことです。
 仕事の上では、彼は先づ、郵便を一戸々々に配つて歩くといふことの、温い、人情的な役目をよく理解し、一家の秘密に立ち入らない範囲で、手紙を受け取る人々の喜びや悲しみを自分の喜びや悲しみとするくらゐな気持になつてゐるのです。が、それ
前へ 次へ
全40ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング