夫  無論、誰もしません。(洋服を脱いでドテラに着替へる)しかし、あなたが帰るまでには、家内も帰つて来ることになつてます。
詩人  僕は一週間の予定だつたんだから……すると、もうあと幾日《いくんち》です。
夫  あれが十六ン日《ち》(指を折り)明日《あす》、明後日《あさつて》、……しあさつていつぱいには帰る筈です。
詩人  それまで僕は、どうするんですか、飯なんかどうしてくれます?
夫  なんとかしませう。電報で呼び戻してもかまひません。
詩人  遠方ですか。
夫  えゝ、里の方へちよつと……。
詩人  お里つて言へば、四谷《よつや》か、どつかぢやありませんか。
夫  さうです。
詩人  いやに落ちついてるんだなあ。まさか、奥さんに逃げられたんぢやないでせう。
夫  逃げるくらゐな奥さんなら、わたしだつてもうちつと、別の方法を考へますよ。
詩人  すると、それ以上重大な問題が起つたわけですね。
夫  まあ、その話はそれ以上きかないで下さい。わたしたち二人だけの問題なんだから……。
詩人  それやさうだ。僕は、たゞ、下宿人として、自分のことを心配してゐるだけです。なんならほかへ移りま
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