た百八間の新大橋」

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詩人は、ぢつとそれを聴いてゐるが、ふと妻の方に近づき、やゝ小声で、
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詩人  今日旅で作つた詩を一つ読んで下さい。あとで清書してもつて来ますから。(さういつて階上へ上る)
夫  (読みつゞける)「川面《かはづら》を撫でて吹きわたる風に、襟許のうすらつめたさを気にする人も絶えてない夜更《よふけ》に、ぽつり/\と二つの人影が寄りそうて、ピツタリ一つになつて行く」(妻に)蒲団のほころびを直してやれよ。
妻  いゝんですよ。寝方が乱暴なんだから……。
夫  (読みながら)「そこは、星はあれど地上はくらい河岸《かし》通り、船蔵前から水戸家石置場と、二人が一つに相寄つた黒い影は、まさに男と女」……片道いくらかゝるかな。行きは三等として。
妻  (夫の傍へにじり寄り)ねえ貴方《あなた》。あなた、今度そのお金がはひつたら、もう少しどうかした家へ引越しませうよ。広くなくつてもいゝから、お風呂場ぐらゐあつてね。
夫  それもいゝが、第一理想的な世帯休業がして見たいな。お前だつて小遣ひが十分
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