あとでいゝから、お前お給仕をしておあげ。
妻  いゝのよ、勝手に食べさしておけば……あゝこの方ね、うちでそら、お世話してる方なの。鳥羽さんておつしやる詩人の方よ。これあたくしの母……。
母  はじめまして……どうぞ、さあ……。
妻  まあ、こつちへいらつしやい。何んのお話し一体、ゆつくりでいゝでせう。
母  あゝ、そりやもうなんだけど……実は門司の伯父さんね。今危いんだとさ。
妻  危いつて御病気だつたの。
母  それが急のことらしいよ。あたしも一度御見舞に行きたいと思ふんだけど、何しろこんな事情だしね……昨夜《ゆうべ》お前が帰つてから、手紙が来たのさ。(帯の間から手紙を出して見せる)危いつていふもんの、かういふ事が云へるくらゐだから、お前まだ気はたしかなんだよ。とにかくそこに書いてある通り、一人も子供はないし……。
妻  (手紙を読みながら)一寸……いま読んでるんだから……まあ財産を分けて下さるつていふのね。(夫は急に顔をあげて、妻の方を見る)
母  をひや姪つて云つても、うちの兄弟三人きりだからね。姉さんとお前と厚《あつし》に、五万円|宛《づつ》つていふんだらう。
妻  なんだか嘘
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