のイタリイ人であることを知つてゐた。なぜなら、彼のすべてが、ラテンだ。彼のリベラリズムは、かの、「鳥料理レエヌ・ペドオク」の主人公、アベ・コワニヤアルを想はせた。
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何かの話から、ホテルのサロンは、今、柔道について論じ合つてゐる。
一人のロシヤ婦人――それは、横浜に二年間ゐたといふ女――は日本人のすべてが柔道を心得てをり、指一本で相手を投げ倒すのだと主張してゐる。
日本人尽くがさうであるとは信じられないが、少くとも軍人は柔道の達人であるに相違ない。M少佐はもちろん、その通訳も、多分、ああ見えてもやることはやるんだらう――これは、そのロシヤ婦人の傍を片時も離れない禿頭のルウマニヤ人である。
指一本で投げ倒されてたまるものか。両手でかかつて来ても、俺なら大丈夫、あべこべに奴等の一人や二人、ねぢ伏せて見せる。かういひながら、腕を差しだしてゐるのが、例のイタリイ士官だ。
僕は、その時丁度、その前を通りかかつた。
「ムツスイウ・K、一寸、ここへいらつしやい」
「なんですか」と、生返事をして、空いてゐる椅子に腰をおろした。
「さあ、僕のこの腕を、君の柔道でねぢつて見
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