ルリンに於ける日本留学生の金使ひについて聞かされてゐるのだ。
僕はある日、馬車を駆つて、この古い町を一周した。道ばたにたたずんでゐる一人の老人に、何か見ておくべきものがあるかと尋ねた。
すると、その老人は、自分で案内をしようといひだした。僕はその老人と並んで、馬車の揺れ方を気にしながら、それからそれへと話を交へた。
この老人は、この町に古く住む外科医であることがわかつた。よく見ると、彼は、オオスタリイの兵隊服を著てゐる。途中で昼になつた。食事をした。ドクトル・Sは、馬鈴薯のソオテと、卵の半熟しか食はない。
この医者の紹介で、やはりこの町に住む一人の学者を識つた。ドクトル・Fは哲学者である。リウマチで、寝たり起きたりしてゐるといふことである。この訪ふものもない隠退所は、白髪の老哲学者をして倦怠の限りを味はせたに違ひない。彼はフランス文学に明るかつた。日本の政治的地位について、明確な知識をもつてゐた。彼は米国を罵り、支那を讃美した。そして、ユダヤ人の恐るべきを説いた。僕をここに連れて来たドクトル・Sは、その民族に属してゐることを教へた。そして、彼自身は? 僕は、問はずして、彼が純粋
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