してゐる一組の男女、男はイタリイ士官で、女はハンガリイ技師の細君、御亭主は、一週間ばかり前に、会社の用事か何かで本国へ帰つてゐる。
 ひとり、ミルク入りコオヒイを飲みながら、新聞の為替欄を読みふけつてゐるのが、昨日、ブタペストから寄り道をして来た日本の某名士と、その秘書である。
 墺伊国境劃定委員長たる仏国陸軍中佐Rは、その細君と子供とを引きつれて、今、アヂヂ河岸のプロムナアドへ、軍楽隊の演奏を聴きに出かけようとしてゐる。
 同じく墺国側の委員Z中佐は、誰かと丸テエブルをはさんで、シユニツツラアを論じてゐる。
 イタリイ委員P大佐、これは、決してサロンに姿を現はさない。夕食が済むと部屋に閉ぢこもつて、明日の会議に持ちだす修正案の稿を練つてゐる。
 英国のK中佐は、書記に命じて、翌朝の林檎を買はせる。
 日本委員M少佐は、ロシヤ人だといふ母娘に、明日午後のドライヴを約束してゐる。
 こつちでは、ホテルの支配人がイタリイ語で、盛装の婦人に何かお愛想を云つてゐる。この婦人はブカレストの女優T嬢だといふ噂である。
 そして、僕はベルリンで一流のレストランを経営してゐるといふユダヤ人K氏から、ベ
前へ 次へ
全21ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング