たまへ」マカロニイは、婦人たちの前で見得を切つた。
「折れてもいいか」僕は笑ひながら訊いた。
「およしなさい、危ないから」ロシヤ婦人は慌てて留めた。
「そんなら、かうしてゐるから、どつちからでも押して見給へ。君の力で僕の身体が動いたら、どこででもお目にかかる」
 さういつて起ち上つた。
 僕は片手をその胸に当てて、ぐいと突く真似をして、その拍子に、うしろから、一本の指で、腰のあたりをひよい[#「ひよい」に傍点]と押した。ドツと女たちが笑つた。大尉は、両手を差しだして泳ぐやうに前へつん[#「つん」に傍点]のめつた。
          ★
 僕は昔、幼年学校にゐる頃、ドイツ大使館付武官の紹介で、オオグスブルグのカデツテン・シユウレにゐる一カデツト・Wと文通を始めたことがある。この文通は、僕が士官学校を卒業する頃まで続いてゐた。その頃Wも学校を出て、同じ地方の砲兵連隊に配属されたことを知つてゐた。
 欧洲戦争が始まつた。
 彼の生死は全く分らなかつた。
 僕はイインスブルグからミユンヘンへの旅を思ひ立ち、ドイツにおけるただ一人の知人が、あの戦争でどうなつたか、それも序に調べられたらと、ある
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