、船客の誰彼を相手にポオカアの勝負をいどみ、もの凄い腕並みを見せた。彼は、寄港地の到るところに「行きつけの穴」をもつてゐた。
 船が上海を出るといふ朝である。この男は上陸したまま帰つて来なかつた。彼の手荷物を陸に残して、船は碇を巻いた。

 支那留学生の一団は、僕がその傍を通ると、一斉にこつちを見た。それは明かに敵意を示す眼だ。僕はかういふ時、わざわざ口辺に微笑をたたへて、その一人々々の顔を見返してゐた。――かういふ状態が二週間あまり続いた。
 船がアフリカ西海岸のヂブチイに着いた。はしけ[#「はしけ」に傍点]の数が足りないので、上陸をするために、僕は彼等と同じはしけに便乗した。すると、船頭の黒人君、相手与し易しと見てとつたか、岸まではまだ半分と思ふ頃、不意に漕ぐ手を止めて、賃金割増を要求しだした。
 一同は途方に暮れて顔を見合はせた。唯一人の日本人たる僕は、別に相談には与らなかつたが、彼等の視線は、たしかに僕の協力を求めてゐる。彼等は口々に――意味はさつぱりわからぬが――多分「顔が黄色いと思つて甘く見るな」とか、「馬鹿いへ、警官に訴へるぞ」とか、「愚図々々せずに早くやれ」とか、「相共
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