僕はもうこの時、旧友にめぐり遇つたといふやうな興奮状態からさめてゐた。
彼は多分毒ガスにやられたのだ。彼は、まだ耳の奥で、大砲の音が聞えるといひだすのだ。彼は時々、頭を抱へて空を仰いだ。
僕が案内されたのは、彼が若い細君と共に住まつてゐる、可なり上品なアパアトメントだ。細君は、予て話を聞いてゐたものとみえ、いそいそとこの遠来の珍客をもてなした。
燈がつく頃から、Wは急にしやべりだした。その昔、僕が彼に送つた手紙に、こんなことが書いてあつたといふやうな、僕がもうとつくに忘れてしまつてゐる事柄を、さも愉快さうに思ひだしては、話し話しした。
「へえ、君も軍人をやめたんですか。僕はまた、あの手紙に書いてあつた通り、フランスの大使館付武官になつて、ヨオロツパに来られたんだとばかり思つてゐましたよ」
「なんにもございませんが……」
といふことで、食堂に導かれた。草花が食卓を明るく飾り、銀製の古風な食器が、彼等の家柄を思はせた。
最初に型の如くオオル・ドウウヴル。これがまたなかなか凝つたものだ。その上、三人前としては、驚くべき分量だ。ドイツ人は大食だと聞いてゐたが、これはすこしどうかして
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