我輩は、胸を躍らした。読みはじめると涙が出た。殊にあそこだ…………(本を取り上げて読む)
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すべて、見える世界から見えない世界へ還つたもの、すべて思ひ出に変つたもの、今はもう、跡形もないあかしで[#「あかしで」に傍点]の並樹が、われわれの心に、今もなほ影を落とす…………
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プルウスト 読むのはよしてくれ。
グランジュ どうしてだ。しかし、その先へ行くと、急に酔ひが覚めたやうな気がした。
プルウスト もういゝ。
グランジュ いや、我輩もそこは読みたくない。君は、真実であらうとして、気の毒なほど骨を折つてゐる。君は、誰にも気づかれぬやうに、我輩をやつゝけてゐる。――我輩の親爺が生きてゐたら、さぞ驚くだらう、息子のジャックが――その絵をみんな冗談扱ひにしてゐた息子のジャックが、今は、その当時のアカデミシヤン以上に偉くなつてゐるのだ――と、まあ、かういふ調子でやつゝけてゐる。
プルウスト (悲痛な面持で)ジャック!
グランジュ が、しかし、それはまあ、君の心尽しとして、公には、有りがたく思つ
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