は、ジャック・グランジュといふ画家を知つてゐるかね。少くとも、君たちの新仏蘭西評論《エヌ・エル・エフ》は、我輩にルノアールの印象を書けと註文はしたが、我輩の展覧会は、見事に黙殺してゐる。それは当り前のことだ。君が、この序文の中に書いてゐるやうに、我輩の描いた絵は、何処の家でも、一番暗い部屋の、一番目立たないところに掛けてある。それも、どうかすると、我輩を招待した日だけ、そこへ出したやうな掛け方をしてある。君は、それを、流行以外に目のない社交婦人の計ひに帰してゐるが、すぐその後で、我輩の絵は、今日一つの流行を作つたなどと、君に似合はないとぼけ方をしてゐる。君は、なぜさういふ事が云ひ度いのだ。
プルウスト …………。
グランジュ 我輩が、君に序文を求めたのは、云ふまでもなく、君のやうな傑物を、幼馴染にもつた光栄を、天下に誇りたいからだ。さうだ、それだ。君の文章で、ラルウスも忘れてゐるやうなヘツポコ絵かきが、一躍、巴里の画壇に重きをなさうなどゝ、露ほども考へてはをらんよ。我輩の年で、芸術家名鑑に一行の閲歴も載つてゐないやうな画家がほかにあるかね? 君が、この文章の中で、暗に苦心をしたとこ
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