グランジュ  実は、こいつを見せたくもあるのだが、その序文のことで、我輩、少し、云ひたいことが、こゝへ(胸をおさへ)つかへてるんだ。
プルウスト  やつぱり気に入らないつていふのか。
グランジュ  いや、いや、それどころぢやない。しばらくお喋舌をしてもいゝかい。
プルウスト  いゝとも…………。
グランジュ  最初の手紙にも書いておいた通り、我輩が君に頼んだのは、たゞ、あのオオトイユ時代の思出を書いてもらひたいといふことだつたんだ。我輩の提灯持ちを頼んだ覚えはない。
プルウスト  …………。
グランジュ  我輩が親爺にせがんで、あの菩提樹のあつた芝生へ、アトリエを建てさせた時代さ。君が、親爺の診察室から出て来るのをつかまへて、無理に、カン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ァスの前へ坐らせた、あの時代の、お互に今日あることを知らなかつた、あの時代の思ひ出を書いて欲しかつたんだ。
プルウスト  それを書いたつもりだが…………。
グランジュ  それも書いてくれた。しかし、君は、書かないでもいゝことまで書いた。我輩は、君が云つてくれるやうに、今日、名を成した画家かどうか? 君の友人たち
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