……。
グランジュ さうだらう。実際、それでなければ、三十年近く、訪ね合はないといふ理屈はないさ。しかし、お互、随分、いろんな意味で距りが出来てしまつたな。我輩は、つくづくさう思ふよ。君の住んでゐる世界は、もう、外からでなければ覘けなくなつてしまつた。それも、どうかすると、眩しくつて、よく見えないことがある。この間の手紙に、君は、我輩にだけは、なんでも云へると書いて寄越した。我輩もまた、君にだけは、何処を見られてもいゝやうな気がしてゐるんだ。君は、昔、人真似のうまい男だつた。教師の声色なんか、手に入つたものだつた。よく、それでみんなを笑はせたぢやないか。今、こゝで、ジャック・グランジュがジャック・グランジュの真似をしてゐるんだ。可笑しければ笑つてくれ。我輩は…………我輩は…………君の笑つた顔を見て帰りたい。その記憶を、最後の記憶として、大事にしまつて置きたいんだ…………(涙ぐむ)
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長い沈黙。
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プルウスト (静かに)ジャック…………モン・シェエル・ジャック…………赦してくれ。僕は、今、
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