判の中で、毎日、ヨカナアンのやうに憂鬱な顔をしてゐた頃だ。我輩の顔をみると、いきなり、かう云つたもんだ。――ねえ、君、僕のところへ、もう何通、いろんな奴から手紙が来たと思ふ。八百七十通だよ。それから、ポオル・モオランといふ男が、讃歌を作つて寄越したよ。新聞や雑誌の批評は碌に見ないが、目についたやつは腹の立つことばかり書いてある…………。我輩が、それや、味方もあれば敵もあるさ、かういふと、なに、みんな味方面はしてるんだ。ところが、その味方面が癪にさはるんだ。そこで、我輩は、なんて云つたか覚えてるかい?
プルウスト  (笑つてゐる)
グランジュ  ――まあ、さう怒るなよ。また親爺が、当分絶対安静を宣告するぜつてだ。君は、昔から、正しいといふことに対して、百合の花のやうに無垢な考へ方をしてゐた。そんなことは、片眼鏡式外交官的心理小説家などに解る筈はない。ねえ、おい、マルセル、我輩は、君に、毎日でも会ひたかつたんだ。みんなが君に会ひたがつてゐるやうに、我輩も会ひたかつた。今だから云ふが、もう十年も前のこと、一度、こんなことがあつたよ。君を例のオッスマン通りの家へ訪ねたんだ。門番の奴が――プルウ
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