。君の家には立派な馬車があつて、何処へ行くのにも大概それに乗つて出たものだ。それが、あの服装で、乗合だ。我輩、不思議に思つて、何処へ行くと訊ねたら、君は、妙に照れた顔をして、舞踏会だといふ。益々可笑しいと思つて、何処のつて訊くと、君は、ワグラムの舞踏会だつていふぢやないか。当時ワグラムの舞踏会つて云へば、大家の下男下女が、月一度の休みに開くワグラム軒のあれ[#「あれ」に傍点]ぢやないか。我輩は、驚いたが、また君のことだから、そんな酔狂をやるんだなと思つて、そんなら、もつと威張つて行け、招待されたやうな神妙な顔附は止したらいゝだらうなんて揶揄つた。すると、後で知れたんだが、ワグラム公爵夫人の夜会に行くところだつたんだつてね。家の馬車が、満員で、君一人乗合でやらされた、それを君は、大いに悄気てゐたわけだつた。我輩は、それをまた手柄顔に吹聴して歩いたもんだ。ハヽヽヽヽ。君は、そのことを、人事のやうに突つ放して書いてる。
プルウスト  今書けば、どうせ人事さ。
グランジュ  だが、実際、君には、うつかりしたことは云へないよ。あれはどうだ、あれはもう人事かね。君が、あの処女作の沸きかへるやうな評
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