ふだらうよ。いや、もう、こんなことを云ふつもりはなかつたのだ。我輩は、たゞ最後に、凡そ趣味を解する人間が、自分の名を傍らに、別の名が並んでゐることを至極気にするものだといふこと、その点、我輩は、甚だ君のために心を痛めてゐることを告白する。しかし、それは、もう取り返しがつかない。また、取返しをつけたくない。この序文が出来上るまで、君が度々くれた手紙に、僕が度々返事を書いた、あれだけで、僕の気持はわかつてくれると思ふ。辞退すべきものを辞退しなかつた理由も、君の友情を信じ、我輩の過を二重にしたくない、たゞそれだけだ。しかし、全世界のプルウスト党は、この我輩の難題によつて、少くとも二つの「文字で書かれた見事な肖像」を君の頁の中に加へることが出来たのだ。一つは君のお父さんの肖像、一つは我輩の親爺のそれだ。たゞ、我輩に罪がありとすれば、それこそ、君の嫌ひな皮肉――その皮肉に満ちた自画像を君に描かせたことだ。
プルウスト (苦笑する)
グランジュ どういふわけだか、そこで我輩の名を故ら書いてないが、あの話は、全く思ひ出しても可笑しいね。アルマ行の乗合馬車で一緒になつた話さ。君はしかも、燕尾服だぞ
前へ
次へ
全23ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング