偉大なのだ。君が、何を書いてくれても、我輩には、たゞうれしい筈なのだ。事実、この通り感謝してゐる。今度のことで思ひ出すのは、君が我輩のモデルになつてくれ、昼になると、我輩の家の食堂で、よく一緒に飯を食つた事だ。飯を食ひながら、二人は議論を闘はした。君が声を張り上げると、我輩は、それの二倍ほどの声で応戦した。そばから、親爺がかう云つたもんだ。――おい、ジャッコ、マルセルを興奮さしちやいかん、奴さん、本気で悪口を云つてるんぢやない。お前をからかつてるんぢやないか。まあ、冷たい水でも一杯飲め。ゆつくり、一口づゝ飲むんだ。百云ふ間に飲め!
プルウスト (微笑する)
グランジュ 笑つてるが、それはほんとだ。君の恐ろしい分析の力で、僕の心の底を掘り下げてみてくれ。そして、同時に、君の感情の網を引裂いてみせてくれ。サント・ブウヴの轍を踏んだのは、我輩でなくて、寧ろ君ぢやないか。「今や、一つの流行を作つた」と称せられる我輩の肖像画は、いまだに、何処の家でも明るい場所へ掛け替へられたといふ話を聞かないのだ。マルセル・プルウストは、一九二〇年代の美術界を、どの孔からのぞいてゐたのだと、後世の批評家は疑
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