ん、さうだ。サント・ブウヴの話が、まだ残つてゐた。なるほど、彼が、同時代の作家に対して、公平な評価を下し得なかつたことは、返す返すも遺憾なことに違ひないが、「月曜閑談」は依然として仏蘭西文学の珍宝だ。それがために、われわれは却つて、十九世紀を識り得るのだ。我輩如きが、如何に、モネエをこき卸しても、君がこの序文の中で、一言、おれはジャックの意見に反対だ、モネエの中には、マネエの傑作に匹敵するものがあると云へば、後世は、それを信じるのだ。だがね、マルセル、我輩は、美術評なんていふものを信じてはゐないよ。我輩はたゞ、自分の眼で見たものを、そのまゝ描かうとする肖像画家だ。ねえ、こいつはどうだらう、かういふ事実は、三十年後の人間に多少興味はないだらうか。――大家アンリ・マチスがだよ、千九百二十年の二月二日に、オペラの舞台の上で、背広に金縁眼鏡といふ恰好で、多勢の踊子と舞踊教師に手を引かれ正体もなく肩をゆすぶつてゐたことだ。自分自身恃むところのある人間といふものは、誰が見ても美しいものだ。君には、それがわからんのだらう。
プルウスト …………。
グランジュ 我輩の眼には、君が、たゞ美しいのだ。
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