ジャック・グランジュは、かのサント・ブウヴのなしたるが如く、往々芸術の観点から人を見ずして、歴史の領域に足を踏み込んでゐる。
プルウスト だから…………。
グランジュ うん、だから、そこがこの本の興味だと、君は云つてゐる。しかも、その程度は、サント・ブウヴ程極端ではないとも云つてゐる。が、そこだ。我輩が忠実な印象を私心なく書き止めたところを、君は、この本の中で、最も、気にかゝる部分だと指摘してゐる。恐らく、君のことを書いた頁の中にも、さういふところがあつたに違ひない。
プルウスト …………。
グランジュ あ、この本には、君のことは書かなかつた。これは、我輩の礼儀だ。しかし、恐らく、我輩が何時か君のことを書くだらうと思つて、一層、その点に神経が働いたのだ。
プルウスト (はじめて微笑する)
グランジュ それなら、安心し給へ。君が中学時代に、よく仲間を集めて演説みたいなことをやつてゐた、その時の口調やよく使ふ形容詞を我輩は覚えてゐるのだが、そんなことを書くと、君は怒るかね。それから、君が一番仲よしだつた、あの女の子、…………あゝ、あのことは、君がもう小説に書いたつけな。(間)う
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