に、得がたき「芸術の鼓吹者」であつたことを知ればよい。それと同時に、マリヴォオの描く恋愛は、所謂マリヴォオ式の突いたり引いたり、短気な野郎には我慢の出来かねる場面の連続であることを知れば、一層面白いに相違ない。

 十八世紀の始め頃、美貌と才能とを一身に集め、巴里の上下を沸き立たせた女優にアドリエンヌ・ルクウヴルウルがある。
 当時二十五歳のヴォルテエル、早くも之に心を動かし、彼女の為めに平凡な悲劇「アルテミイズ」を書き卸した。そして、彼女を「わが憧るゝ天使」と呼びかけた。如何に頭が良くてもまだ白面の一書生、その憧るゝ天使の後ろに、広大なる領地と数万の軍兵とを擁するサツクス公爵がついてゐることは知る由もなかつた。

 時は過ぎる。ヴォルテエルの頭には白髪が見え出した。彼は丹念に悲劇を書き続けた。 平凡な悲劇を書き続けた。博学多芸、古今の才物も、詩の女神と舞台の花には縁が薄かつたらしい。それでも、彼は、五十五だ。その頃国立劇場の星座に輝くクレエロン嬢に胸を焦がしてゐた。
「わたしの可愛いクレエロン、どうか二日でも三日でも、わたしの為めに生きることを承知して下さい。わたしの命は、残つてゐる
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