愛悲劇に比すべき恋愛喜劇の名作家、ピエール・ド・マリヴォオは、その数多き作品の女主人公に、屡々シルヴィヤの名を与へてゐる。そのシルヴィヤの名こそ、当時伊太利座の花形女優ジォ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ンナ・ロザ・ベノッチの芸名である。彼は、その作品の女主人公に、常にその役を演ずる女優の名を、そのまゝ与へてゐるのである。執心のほど推して知るべしである。
彼女の「髪は黒く、眼は空色」であつた。
彼女は或る時、一無名作家の手になつた「愛の奇襲」の中で女主人公に扮したが、「どうしても人物の細かい気持ちを捉へることができない」ので、一度その作者に会つて見たいと思つた。彼女は当年二十二歳である。
マリヴォオはかくてシルヴィヤの友となつた。友以上にはならなかつたか。それは誰も知らない。サント・ブウヴは、早計にも「彼女は心の友を得た、然し、彼女には情人はなかつた」と断言してゐる。
マリヴォオは彼女の誕生日に讃歌を作つた。その中で、彼は「彼女のつれなさ」を恨んでゐることは事実である。これは「優しき謎」である。要するに、読者は、マリヴォオはシルヴィヤの為めに、シルヴィヤはマリヴォオの為め
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