女七歳
岸田國士
彼は彼女を愛してゐるやうに見えた。
彼女は彼を愛しかけた。
彼は彼女を得た。
S子が生れた。
彼は彼女から遠ざかつた。
彼女は待つた。
彼は帰らなかつた。
五度目の春が来た。
彼女の父が死んだ。
――おぢいちやま……おんぶ。
S子はよく夢を見た。
S子は彼女に手を曳かれておぢいちやまのお墓なるものに参つた。
彼女の兄が長い長い旅から帰つて来た。
K伯父ちやまは黙つてS子を抱いた。
K伯父ちやまの眼は怖わかつた。
それでもS子は泣かなかつた。
その夏――
S子はヂフテリヤに罹つた――三度目の注射。
S子は母ちやまの「おつぱい」を握つて、しづかに「蜂が刺す」のを待つた。
K伯父ちやまはS子より先に泣いてゐた。
恐ろしい或る日のこと――家の壁が崩れ落ちた。
藤棚の下にS子のベツトが運び出された。
母はS子の脈を取つてゐた。
母ちやまの手は顫へてゐた――林檎が一つ、芝生の上に転がつてゐた。
S子はひとり笑つてゐた。
去年の秋――
S子はまた肋膜を患つた。
病院で一と月を過した。
「お人形を忘れて……」
それ
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