……
母は、その先を云はなかつた。
S子は今年から学校へ行く。
S子は何もかも知つてゐる。
そのまゝそつと大きくなれ。
彼は彼女を愛してゐないことがわかつた。
彼女は彼に会つた。
彼はS子を見て黙つてゐた。
彼は総てを忘れてゐた。
彼は議論をした。
彼女の兄は彼をやり込めた。
S子は母の膝に縋つてゐた。
時が流れてゐないやうに思へた。
蠅が飛んでゐた。
S子の眼は淋しい怒りを含んでゐた。
S子の父は去つた。
S子は母ちやまの首に抱きついた。
火鉢の炭が跳ねた。
K伯父ちやまは爪を剪り始めた。
――これ御覧、伯父さんの爪は大きいだらう……。
――まあ、大きいこと、ね、坊や……
S子は横目でそれを見た。
底本:「岸田國士全集19」岩波書店
1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
1926(大正15)年6月20日発行
初出:「文芸春秋 第三年第四号」
1925(大正14)年4月1日発行
※「文芸春秋」掲載時の題名は「女七歳 ――筋だけの小説――」。
入力:tatsuki
校正:Juki
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