時間を超越して、所謂、「心理的リリシズム」の陶酔に浸れればいいのだ。それゆゑ、その「人間」は、何等かの意味に於て、人間としての「魅力」を備へてゐなければならず、言ひ換へれば、俳優とこれが扮する人物との間に、この魅力を最高度に発揮させる用意が必要であり、これさへうまく行けば、「演劇の第一要素」は備つたことになる。裸の舞台の上に、一人の「人間」が、黙つて立つてゐる。それが、なんとなく美しく、眼を惹き、心を躍らせれば、もう既に、それは「演劇的瞬間」である。音曲風に云へば「アン・モオマン・テアトラル」である。断るまでもないが、その「人間」の魅力とは、必ずしも俗にいふ美男美女の類ひを指すのでなく、軒下に佇む身すぼらしい一老婦が、その悩ましい風貌によつて、静かな諦めの眼ざしによつて、又は、過去に積み重ねられた生活の影等々によつてある種の「美しさ」を感じさせることを知らねばならぬ。
さて、その「人間」が、どういふ人間であるかを、われわれは知りたがる。しかし、その時、その「人間」が歩き出す。何をするんだらうと思ふ。すると、独言を云ひはじめる。突然、もう一人の「人間」が現はれる。双方とも驚いて顔を見合
前へ
次へ
全25ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング