たのだ。その病人は何処にゐるかと問ふと納屋を指さした。なるほど、一人の老人が蒲団にくるまつて寝てゐる。こつちの返事も待たず、もう何処かへ行かうとするので、兵隊は許さない。
「こら、待て」といふわけで、もう一応この家の主人であることをたしかめるために「茶があれば出せ」と命じてみる。彼は黙つて戸棚を探しにかゝるが見つからない。ビラを貼る糊を作る用意をしろと云ひつけるが、それもすらすら運ばぬ。「こやつ、どうも臭いですよ。どつちみち敵と通じてゐた奴に違ひない」といふことになる。それはしかたがないとして、両手を縛りあげられ、銃剣を擬せられても、彼は平然として、一向に怯む気色がない。まことに図々しくしらばくれてゐる風であり、「どうでも勝手にしろ」と空嘯いてゐるのだと見れば見られるのである困つた代物である。兵隊もこれにはやゝ持てあまし気味で、なんとかひと言上官の命令さへあればといふ顔付が私にはありありと読みとれ、風前の燈火に似たその男の命を誰が救ひ得るであらうと、ぢつと彼の表情に注意してゐた。
 巌丈な体格の、四十になるかならぬかといふ年配のその男は、しかし、身に迫る危険を知らぬ筈もなく、また、その
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