十米ほどのクリークが流れてゐる。味方はもう既にそのクリークを渡つて、猛烈な追撃にうつゝてゐるのである。
 対岸には堅固な陣地が築いてある。渡し場には舟が一艘向ふへ漕ぎつけた儘になつてをり、その附近の人家は、銃眼を穿つた高い墻壁にとり巻かれてゐる。
 辿りついた農家は、母屋と納屋に分れ、たつた今腹部に敵弾を受けて倒れた一軍曹を母屋のなかに寝かせたところである。
 応急手当――仮繃帯だけはしてあつたけれども、腹部の貫通銃創にちがひないと私には思はれた。
 私はその傍らに近づいて脈を取つてみた。彼は閉ぢた眼を静かに見開いた。別に苦痛を訴へる風はない。脈も割にしつかりしてゐる。
「血がどんどん出てゐるやうな気がしますが、ちよつと見て下さい」
 胸をひろげて、私は、繃帯のあたつてゐる部分を検めた。僅かに血が滲んではゐるけれども、別に流れ出てゐるやうな様子はないので、
「大丈夫ですよ。もう血は止つてるぢやありませんか。服がよごれて気持がわるければ、かうしておきませう」
 私は、服の内側の背中にあたるところへ自分のハンケチを押し込んだ。
 早く後方へ運べばいゝのだらうが、生憎さういふ人手はないのであ
前へ 次へ
全159ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング