撫といふのは、そんなに危険なところまで行くんですか?」
「いや、さうまでしなくてもいゝですが、この隊長が連れて行かんと承知せんのでしてね。しかし、占領後すぐといふのが一番効き目があるんです。住民の気持がまだ動揺してますからな。なに、どうせ、国家に捧げた命です。覚悟はしてゐます。たゞ、われわれは仕事の性質が違ふだけです」
 桂五郎氏は、満鉄の副参事とかをしてゐた人で、特に事変中軍の嘱託として中支へ派遣されたのださうである。
 夕方になつて、出発が午前三時に変更された。副官の注意で私は一と息眠ることにした。

     払暁戦

 午前二時半起床。本部附の平野氏が私に拳銃を持つてゐるかと問ふので、持つてゐないと答へると、それではこれを貸してあげると云つて誰かのを一挺捜して来てくれる。私はその必要はないと思つたが、折角の好意であるから腰へぶらさげて行くことにする。
 非戦闘員である以上、戦闘に参加するのではないといふことを飽くまでも考へなければならぬ。たゞ、私は、敵の退却したあと、そのへんの住民たちが如何なる態度をもつてわが軍を迎へるか、また、それらの住民たちに対して、わが軍がどんな処置をと
前へ 次へ
全159ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング