ならぬ。
 そこで私は、現在の日本の力といふものを考へる。楽観とか悲観とかいふことは、もはや問題ではない。ありつたけの力を出しきることゝ、その力の測定を誤らないことゝ、それが最も能率的に使用されるといふことが肝腎である。
 ところが、この日本人の力であるが、われわれ国民は、個々の力を自発的にこの事変の面に押し出す方法についてまだはつきりした道を示されてゐないやうである。政府当局は国民の総力を動員すると云つてゐるけれども、物質的な面ではその計画の全貌がほゞ伝へられ、国民一般の決意もこれを中心としてゆるぎなきものとなつてゐるやうであるが、精神的な面では、単に非常時の緊張と愛国心の昂揚といふやうな必然的な現象がみられるだけで、たまたま思想とか文化とかいふ問題がとりあげられても、それは天下り式なお題目に過ぎず、国を挙げての研究実践といふ方向をとつてゐるやうにはみえない。
 例へば、対支文化工作の基礎は如何なる知的部門によつて統一され、立案されてゐるのか? そしてまた、その事業の各分野は、如何なる専門的頭脳によつて指導されてゐるのか? 国民知識層一般の与り知らないところに、国と国との精神的接触が
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