わかると、逃げてゐた連中、殊に、大きな商人や、若い娘や、腕に職のあるものが続々帰つて来ます。街が街らしくなります。ほんとの復興がそこから始まるのです」
 私は問うた。
「上海の外国租界以外では絶対に見かけない中流以上と想はれる女が、平気で門口に出たり、街をぶらついたりしてゐるやうですが、あゝいふのは、もう安全だといふ見当がついたからでせうね」
「はゝあ、さういふのがお目にとまりましたか。私も実は、めつたに街などは歩かないもんだから……」
 そこで、私は、楊州美人なる定評に値する女が、もはや此処にはゐないといふ若干の人々の意見に反して、私の眼は、たしかに、この土地の女性に共通なある豊かな輪廓を見逃せなかつた旨を報告した。小川部隊長がそれを「わがことのやうに」悦んだかどうかはうけあへない。
 やはりこの緑楊旅社の食堂で、○○から巡視に来たある武官の一行を綏靖隊長の×氏が招待して、一夕、慰労の宴を張つた。
 私もその席に列つたのであるが、支那側自慢の楊州料理は評判に違はず甚だ滋味に富んだものであつたうへに、その夜は、この土地の名のある老歌手が、その家柄の要求する招待客の一人といふ資格で、楽師
前へ 次へ
全159ページ中128ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング