素性のものかと調べてみたら、なかにはちやんと日本内地の学校を出たものもゐるらしいが、多くは元の商売は理髪屋だといふ。つまり、楊州は床屋の産地なので、早くから技術修業のために一度は日本に渡つたものが、事変勃発と前後して郷里に引上げて来たのだけれども、遂に時勢は彼等をしてバリカンを捨てゝ舌の職業に転ぜしめたのである。
道理で県長専属の通訳の如きは、「えらいすみまへんな。ちよつと待つておくれやす」といふ調子で、神戸仕込かなにかの鮮やかなところをみせるものだから、なんにも知らぬ私は、変な通訳もあればあるものだと思つてゐた。
更めて云ふまでもなく、日本語の普及は、占領地区の重要な課題である。単に用を便じるのに必要であるとか、口が利ければ勢ひ日本人に馴れ親しむとかいふ直接の効果も十分考へられるが、それだけならこつちが支那語を覚へさへすればおんなじ理窟である。
私はさういふ実用方面のことよりも、日本語を通じて日本を知らせるといふ遠大な抱負をもつて進むことが、この際、文化的に見て新支那建設の基礎条件だと思ふ。
これがためには、この種の日本語学校を一層完備充実させ、優秀な日本語教師を養成すると同時に、一般小学校、中等学校へも日本人教師を配属せしめ、かつ、主要な都市には日本人経営の義務教育機関、高等専門学校及び大学を速かに設立し、かの欧米人が東洋諸国に於てなした如く、宗教の名により、或はこれに代る「理想主義的」イデオロギイによつて、支那青少年に「親日的」教養を植ゑつけることを企てなければならぬ。
この事業は、もはや一刻も忽せにできぬ。一日遅れゝば一日悔いをのこす結果となる。もちろん、この事業の困難は、その衝に当る人物の選択が極めて厳正かつ適切でなければならぬといふところにある。いゝ加減な人物が教壇に立つて、「日本、日本」と叫んだのでは逆に後始末が必要になるであらう。
私は、この緊急な問題が、近い将来に於てわが当局及び新支那の指導者により如何に処理されるかを刮目して待つものであるが、何よりも望ましいことは、わが国の知識層がこの時局の認識の上に立つて自ら奮起し、支那知識層と提携して、相互の文化交流を目的とする一大組織を結成し、民間事業としての機関を通じて教師雇傭の道を拓くべきであると思ふ。
この私の意見が、多数の人々の耳に空論と響くならば、また何をか云はんやである。
警察教練所
憲兵隊長の勧めで、今日は警察教練所なるものを見学する。
県警察局長の×氏が案内をしてくれる。
どうもかういふものを見せられても私は一向勘どころがつかめないのであるけれども、所長の熱心な訓練ぶりが、やゝ公式的とは思はれたが、敬意を表するに足るものであつた。
先づ密集隊形の教練からはじまり、槍術の型のやうなもので終るのだが、聊か講評めいたことを云へば、指揮官の動作と云ひ、列兵各個の運動と云ひ、支那式教練をはじめてみる私には、およそ戦闘の用には遠い舞伎的要素の過剰を感ぜしめた。
私はもとより、「軍隊式教練」といふものゝなかに、単に戦闘的要素のみをみるものではない。寧ろ、それと並行して、「儀式的な」あるものゝ最も合理化されたすがたを発見するものである。秩序と礼節がおのづからそこに生れるやうな、単純で正確な方法の規定がある。これは一方、団体の精神の象徴であると同時に、武力そのものゝ装飾化である。
この原理にもとづく教練の形態は、各国の文化の質に応じて多少の違ひはあるが、同じく最初に欧式軍隊を範とした日支両国の、今のこの距りはまことに興味深いものである。
警察局長が、私に是非何か感想を述べよといふので、止むを得ず私は、
「警察は軍隊ではありません、警官は敵を倒すのが任務ではなく、民衆の生活に秩序を与へ……」
と、まあこんな風なお座なりな警察礼讃をひとくさりやつてのけた。
郷に入つては郷に従へとは云ふけれども、私は、自分ながら、この即興的辞令があまりにも支那式であるのに気がつき、冷汗をかいた。
が、この時、ふと、この局長の帽子を脱いだ頭に、深い創痕が生々しく口を開いてゐるのを、あゝ、この人だなと思ひ出し、私は、突嗟に、通訳をとほして、
「先日は危険な目にお遭ひになつたさうですが、お怪我は如何です?」
と、見舞を述べた。
「はあ、ありがたう、この通り、もうよほどよくなりました」
といふ返事であつた。
つい一と月ほど前のことださうである。この局長が県公署の玄関を出て通りへさしかゝると、何者かゞ、乗つてゐる洋車の梶棒を押へた。と、その瞬間、後ろから鉈のやうなもので脳天をガンとやられたのである。
犯人はその場から姿を消してゐた。
憲兵隊の活動となつた。しばらく手がゝりは得られなかつた。ところが、ある日、一人の男が憲兵隊へ現はれて、犯人はこれ
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