ゐないことがわかり、大慌てに慌てた。そんなら、やつぱりキユレルが偉いかと云へば、「あんなもの」といふ奴がゐる。ポルト・リツシユの人気も侮り難い。新進のものを漁りだすと、いろんな影響がわかつて面白い。ミユツセ、ルナアルの陰然たる勢力をすでに感じた。ベツクの姿も大きく映つて来た。イプセンの亡霊が、シエイクスピヤの亡霊と手を組んで歩いてゐる。モリエールの哄笑が忽ち耳をつんざく。巴里人の眼を追つてそつちを見ると、クウルトリイヌといふ好々爺が小声で群衆に話しかけてゐる。その傍らで、ブリユウが、腐りきつて頬杖をついてゐる。
 芝居は、本を読んで行かないと三分の一もわからない。見物が笑ふ時、こつちが笑へないくらゐ淋しいものはない。が、それでも、舞台を見て、はじめて作品のよさがわかるといふ気がした。当時の僕の、脚本の読み方が如何に覚束ないものであつたかといふ証拠になるだけではない。俳優といふものが、如何に脚本を活かすかといふことをはじめて学んだのである。舞台にあるものは、脚本にあるものと同一物であつて、しかも全く別個の物であるといふ演劇の真髄に触れ得たのは一年後である。
 ヴイユウ・コロンビエ座のコポ
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