杖の必要を感じた。東京からわざわざ見舞に来てくれた友だちに、何か頼みたい衝動――さういふ衝動を諸君は感じますか――を感じ、東京から、軽くて太いステッキを一本送つてくれるやうに頼んだ。友は快く引受けてくれた。数日後送り届けられたのが、最近まで、つまり、コンヴァレッサンスの時期を通じて、私の、ともすれば怠りがちな散歩を、朝夕促してくれた台湾スネエク(?)である。鋲の頭に似た水牛の冷たい柄も、疲れの早い手に快い触感を伝へた。館山の病院の庭をつき、茅ヶ崎の書斎を繞る松山をつき、阿佐ヶ谷の宿のあたり、郊外の霜解けの道をつき、春は田端のヴィルドラック歓迎会をつき、夏に入つて[#「入つて」は底本では「入って」]護国寺の墓地をつき、やがて、暑を避けて軽井沢に赴く途中までついた。そして、遂にその途中どこかにつき忘れて来たとは何たる不覚ぞや! しかし、その友は、私が、そのステッキの代りに、健康を取り戻したことを喜んでくれるだらう。
私が、今ここでこの一文を綴つてゐる時、その友は、すぐそこの、汀続きの熱海の旅宿で、例の魅力ある小説の想を練つてゐる筈である。
ステッキで思ひ出すのは、チャアリイ・チャップ
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