私の演劇論について
岸田國士
私は所謂演劇学者ではない。しかし、私は私流の演劇論をもつてゐる。旧著「我等の劇場」は、その一端を示すものであるが、あの一巻に収めた極く断片的な文章が、一部の読者に多少の誤解を招いたとすれば、それは私の心外とするところである。
今日まで私の眼に触れたものは、大体二種の問題に係つてゐる。
第一は、私が演劇の本質を「白」即ち「言葉」にありと主張したやうに思つてゐること。
第二に、私が演劇の要素を感覚的と心理的とに区別し、「白」即ち心理的要素なりと断定したやうに思つてゐること。
さて、第一の誤解については、「我等の劇場」中の「演劇の本質」なる一項を熟読して貰へばわかることと思ふ。
第二は、最近、舟橋聖一氏によつて暗から鉄砲式に提出された抗議であるが、私はまだ嘗てそんなことを云つた覚えはない。
なるほど、脚本の使用によつて「物語」を展開せしめる演劇の形式について、これこそ心理的要素を主とする演劇であると説いたことはある。又、心理的要素は、物語の叙述に必要な「白」のなかに含まれてあることをも述べたに違ひないが、「白」のなかに心理的要素以外のものがない
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