か、「分別臭い調子」とか、「軽薄な調子」とか、いろいろ云ふが、これはその時々の、又は単純な感情的色彩を指す場合もあり、一方、その人の性格、気風を表はしてゐるやうな時にも使ふのであつて、これこそ、寧ろ、「言葉の生命」であるとも云へるのである。例へば、
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「昨日、久し振りで銀ブラをしたの。そしたら、あの風でせう。前を向いてなんか歩けないわ。袂をかうして、顔へあてたまゝ、蟹みたいに横歩きをしてたでせう。そん時、いきなり、肩を叩かれたもんで、あたし、びつくりしたわ。誰だとお思ひになつて? あなたのお兄さん……」
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 こんな話をするにしても、或は、真面目に訴へる如く、或は、自嘲的に戯談めかして、或は、快活にうれしさを包まず、同じことを、同じ心持で云へるのである。が、それ以上に、これだけの言葉に、さまざまな「魅力」を添へる要素がある。技巧以上の技巧とも云ふべきものであらう。一例を挙げれば、機智の閃きである。機智は軽薄の中にもあり、慎しさの中にもある。後者が前者に優つてゐることは云ふまでもあるまい。
 要するに、「上品な言葉遣ひ」必ずしも上品でなく、「詩
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