ち上げてゐる。中村吉蔵は、イプセンの研究家と目されてゐるが、初期の一幕物に真摯な態度が見られるだけで、近来は余技的な作品しか発表してゐない。
 菊池と山本とは、共に戯曲を見捨てて、小説のみを発表するやうになつた。劇作家が芸術的にも経済的にも酬いられない現状にあつて、彼等の才能は、真にこれを求める方向に伸びようとするは亦自然である。
 もともと菊池は英文学、山本は独文学を専攻した。一はアイルランド作家の、一は、ストリンドベリイとシュニッツレルの影響を受けた。特に山本は、その熾烈な正義観と一作をも忽せにしない芸術的良心によつて、劇壇に孤高の地位を築いた。が、何れも、その気質からいへば、西洋的であるよりも東洋的であり、その著しい自由主義的色彩にも拘はらず、西洋演劇の本質に対して十分な興味を惹かれなかつたことが、彼等の演劇的熱情を早くも冷却せしめた一大原因であらう。
 これに反して、久保田万太郎は、その作品の回顧的な主題と保守的な生活感情とに拘はらず、確乎たる文学的精神を以てこれを貫き、稀にみる純粋かつ新鮮な舞台的生命を創造した。西洋劇に於ける心理的詩味の伝統は、不思議にも彼の手によつて初めて
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