、それより、これはなんです、この箱は……。
微々  いや、実は、もつと大きな奴と思つたんですが、取りあへず、郵便箱を、臨時にかう……。
更子  そんなことを伺つてやしません。この文句は、随分、可笑しな文句ぢやありませんか。
微々  悪文で、どうも……。
更子  それより、あなたは、これで、私をまたまた、侮辱なさるおつもりなんでせう。
微々  いや、決して……。
更子  さうです。この絵だけでは、まだ足りないんですか。
微々  僕は、此処にをられる満場の諸君に誓つてもよろしい。この絵は、芸術家の良心に恥ぢないものです。芸術家の魂は、醜いものにすら、美しさを与へます。芸術家にとつて、侮辱に値するものは、たゞ、退屈、これのみです。あなたは、僕に取つて、得難い霊感の泉だつた。それだけで、あなたは、尊い女性だといふ証拠になりませんか。
更子  そんな理窟は伺ひたくありません。たゞ、あたしは、あなたの筆で絵にされたことを、誠に遺憾に思つてゐますの。それだけがおわかりになればよろしいんです。
微々  それだけは、どうやらわかりました。
更子  それぢや、かうしますよ。(彼女は、掲示の貼紙を引き剥がし
前へ 次へ
全49ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング