鼻は……何さ、この顎は……何さ、この髪の恰好は……。わざと可笑しなもんをくつ付けて、それで誰かに似せたつもりなら、失業者はみんな画かきになるといゝわ。
珠枝 何を見てかいたんでせう。先生のに、横向きのプロマイドがあつたかしら。
更子 いゝよ。何うだつて、そんなこと。それより、早く、電話をかけておくれ。
珠枝 どこへでございます。
更子 わかつてるぢやないの、あの方よ。
珠枝 横川さんでございますか。
更子 さうだよ。早く……。事務所の方だよ。
[#ここから1字下げ]
○電話室。
[#ここから5字下げ]
更子電話口にて――
「あたし……おわかりになつて……。お早う……。うふん、さうでもないわよ……それやさうと、今朝の日の出新報御覧になつた? え? 御覧になつたの? ぢや、御存じでせう? その事でね、ぜひ御相談があるの。えゝ、さうよ。とても……。だからよ……直ぐ来ていたゞきたいの。えゝゝ、まあそんなとこ。モチ宥さないわ……。可笑しいつて、何が? 兎に角、大急ぎで……お待ちしてゝよ」(受話機を一旦かけ、更に新しい番号を呼び出す)「……はい、もし、もし、そちら、日の出新報ですか……演芸欄の編輯へ繋いで下さい……。はい、こちらは天城です、天城更子……。え? はつきりつて、はつきり云つてるぢやありませんか……兎に角、繋いで下さい……。人を馬鹿にしてるわ。話中……はい、……あゝ、あなた演芸欄の方……さう、今朝ほどはどうも有りがたう。いゝえ、実はね、あの絵のことで、あたし、少し怒つてるのよ。三堂微々とかつて、どんな奴か御存じ? さうでせう、名前なんかちつとも聞かないわね……」
[#ここから1字下げ]
○日の出新報の編輯局。
[#ここから5字下げ]
記者武部が電話をかけてゐる。
「いや、さういふわけぢやないんですが、展覧会では、あの画が素晴らしく評判なんですよ。それで、なんですか、あなたから、何か抗議でも下さるおつもりですか」
[#ここから1字下げ]
○更子――
[#ここから5字下げ]
「さあ、どうするか、まだきめてませんけど、何れ、相談をしてから……」
[#ここから1字下げ]
○武部――
[#ここから5字下げ]
「今からすぐ伺つてもいゝですか。……午前中ですね、はい、わかりました。ぢや、さよなら……」記者達は、この「特種」を囲んで、策戦をめぐらし始める。
前へ
次へ
全25ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング