し、極度の不満を抑へてゐる様子である。やがて、また、それを取り上げ、しげ/\と見つめながら、「さう云へば、どつか似てるかしら……」と呟く。
笑ひたくもあり、泣きたくもあり、彼女は、手鏡を取り上げて自分の顔を映して見る。
それから、呼鈴を押す。
珠枝が現はれる。
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更子 (件の漫画を、説明の部分だけ片手で押へながら、珠枝に見せ)これ、だれだかわかる?
珠枝 (むろん直ぐにわかり、笑ひだしさうになつたのを、相手の眼付で、それを察し)さあ……。
更子 わからない筈ないわ。
珠枝 わかりませんですねえ。どなたでせう。
更子 どなたなんて云はなくたつていゝよ。どうせ、へつぽこ画かきなんだもの。三堂微々なんて、だあれも知りやしないだろ。
珠枝 漫画家つて、何うしてかう、意地が悪いんでせう。こんな風に描かれて、愉快になるひとなんか、ないと思ひますわ。
更子 だからさ、ちやんと云つとくれよ、これがあたしだと見えるか何うか。
珠枝 (当惑して)あら、これが先生……いやですわ……先生がこんな……
更子 失敬ぢやないの第一。ねえ、さうだらう。これを見たら、だれだつて、あたしに愛想をつかしちやふわ。
珠枝 そんなこと、ありませんわ、先生。漫画なんてだれでも真面目に見やしませんし、それに、新聞はその日かぎりですもの。
更子 冗談云つちやいけないよ、あんたこれ読めないの。この絵がちやんと展覧会に出てゐるんだからね。まいにち、何千人だか何万人だか知らないけど、この絵の前に立ち止つてさ、やれ何のかんのつて、あたしの噂をするんだらう。これ位ひどい侮辱が、世の中にあるかしら。おまけに、この絵の下には、あたしの名前が麗々しく書いてあつてさ。「やあ、似てる/\」なんて、一人が云つて御覧よ。みんなが声を揃へて笑ふにきまつてるわ。今まで撮つた写真の中で、あたしが何んなにチヤーミングでも、そんなことは、みんな忘れちまつてるわ。この次の写真なんか、だあれも見に行きやしないわ。あたしは、もうこれでおしまひよ。いゝわ、いゝわ、あたしが何うするか見てゝ御覧。
珠枝 でも、そんなことおつしやつたつて、先生……。向ふでも、悪気があるわけぢやないと思ひますわ。
更子 (声を張り上げ)悪気がなくつて、こんな顔が描けるかい。何さ、この
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