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○更子の家の応接間。
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彼女は横川と対ひ合つて話をしてゐる。傍らに弁護士嬉野が控えてゐる。
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横川 君がそれほど憤慨するなら、まあ謝まらせるぐらゐのことはしてもいゝだらう。
嬉野 名誉毀損で訴へてもよろしいですな。
横川 慰藉料ぐらゐ取れるかい。
嬉野 取れますとも。
更子 そんなことはどうでも、懲りさせてやることが大事だわ。
嬉野 何か、あなたの場合に限つてといふやうな、特別な名目が立つといゝですがな。
更子 あたしの場合には、名目が立つと思ふわ。法律ではどうか知らないけど、人が一番大切にしてるものを、理由なく傷けたつていふ場合はどうなるの。
横川 傷けたことになるかね。
更子 なるぢやないの。女優は、美しいつてことが、第一の誇りでせう。それが財産、それが命だわ。さうでせう、それを、あんな風に世間へ伝へられてごらんなさい、これは致命的な損害ぢやありませんか。
嬉野 よろしい。つまり、損害賠償の訴へを起せばいゝです。問題は、その金額です。
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春日珠枝が、名刺をもつてはひつて来る。更子と横川とがそれを見る。
「日の出新報記者 武部等」
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更子 こつちへ通して、いゝわ。
横川 僕はゐない方がいゝだらう。(部屋を出ながら、嬉野に)君は、そばで助け太刀をしてやつてくれ。
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武部がはひつて来る。
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武部 先程は……それで、結局、どうなりましたか。(手帳を出す)
更子 (嬉野に)何でしたつけ?
嬉野 (名刺を出し武部に渡す)わたくし、かういふものです。実は今度の事件について、只今御相談を受けたのですが、御承知の通り、問題は非常にデリケートな感情の領域に亘つて居りますので、これは法律家として、理論で押して行く前に、先づ御本人の、何と云ひますか、極く特殊な心理状態を基礎として、先方へ要求を提出しなければならないと思ひます。従つて訴訟の名目は仮りに損害賠償といふことに致しますが、御本人のお心持から云へば、むしろ名誉毀損……
武部 名誉と云ひますと?
更
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