。何か御用ですか。
客  (名刺を出し)私、かういふものですが、ちよつと先生にお目にかゝれませうか。
微々  (名刺を読み)家庭倶楽部といひますと、雑誌ですな。漫画の御註文ですか。
客  御忙しいことゝ思ひますが、ひとつ、枉げて……是非……。えゝ、実は……毎月、人気女優の漫画を二つぐらゐづゝ載せて行きたいと存じますんですが……。

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○展覧会場。

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殆ど間断なく入場者があり、その列が静かに室から室を流れて行く。但し、「非売品」の札を貼つた問題の絵の前にはやゝ長く立ち止るので、そこだけは、相当の人数が一団となつて氾濫してゐる。
人々は、歩く時も、止る時も、半ば絵に、半ば床の上に眼を注いでゐることがわかる。中には、腰をかゞめて、板の隙間をのぞき込むものもある。(合唱)
受附には、六遍、わたるの両人が、得意然と控えてゐる。

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○映画常設館のスクリンと鮨詰の見物席。

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「天城更子主演」といふ字幕に満場の拍手。
スクリンに彼女の姿が現はれる。更に破れるやうな拍手。
「サラちやん、しつかり」とか「ダイヤモンド万歳」とか云ふ頓狂な掛声。陽気な笑声。
スクリンの天城更子は、「笑はぬ妻」に扮して、「ソルヴエージの歌」の節で、おどけた歌を唱ふ。

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〇三堂微々の家。

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座敷で、三人の客に向ひ、微々が畏まつてゐる。
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客A  手前の方のお願ひは、先生のこれまでに御発表になつた漫画を、全部纏めて出したいのでございますが……。或は、三堂微々漫画傑作集といふやうな題で……。
微々  ちよつと待つて下さい。まだ、こつちのお話をしまひまで伺つてないんですから……。
客B  それで、つまり、東京毎朝の向うを張つてゞすな……。
微々  少し、そいつは考へさして下さい。お引受することはしますが、もつとよく御相談をしてからにしませう。そこで。(客Cに向ひ)あなたは、どういふんでしたつけな。
客C  はあ、さきほども申上げましたやうに、私の方は、何分、読者が花柳界に多いもんでございますから、なるべくは……。
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この時、玄関で、「御免」といふ声。
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