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微々  ぢや、皆さん、それでよくわかりました。追つて、金が必要な時、こちらからお願ひに上ります。

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○銀座の夜。

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大道肖像画家――それは中根六遍である。やつと一枚描き終つて、その絵を客に渡したところ。
相当の人だかりにも拘はらず、次ぎの注文者が現はれない。(合唱)
やがて、一人の男が前に進み出て、「ひとつ、やつてくれ」と云ふ。これが、三堂微々。
六遍は、真面目くさり、絵筆を嘗めて微々の顔を見つめてゐる。人々は、このからくりを知る筈がなく、変な奴が飛び出したといふやうに、薄笑ひを浮べて、ぢろ/\微々の顔をのぞき込む。
絵筆が紙の上を走る。瞬くうちに出来上る。そこへ、通りかゝつたのが、天城更子とその取巻きの男女数人である。
更子は、何気なく、立ち止る。
「おや、あの絵かきは、何処かで見たな」と思ふ。
次に、モデルになつてゐる男の顔をのぞき込む。「なんだ、あいつぢやないか」といふ表情。
二人の男を見比べてゐる間に、万事を呑み込んだ。微々は絵を受け取り、金を払ふ。
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更子  (連れの女に)あれがさうよ。図々しいわ。
女  三堂微々つて、あんな男。
更子  描いてる方ぢやないのよ。描かせてる方よ。ほら、サクラよ。つまり……。
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この声で、微々は、そつちを振り向く。更子と視線が合ふ。
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更子  お生憎さまね。見破られたら、さつさと引き上げた方がいゝわ。(群集に向ひ)この二人は、仲間同志なのよ。
微々  (気抜けがしたやうに、にやりと笑ふ)
更子  そんなの、見てたつてつまんないわ。(かう云ひ捨てゝ、いきなりそこを立ち去らうとする)
微々  (更子の腕を捕へ)こら、営業妨害をしちやいかん。
更子  痛いツ! なにすんの、あんた。
微々  まだ、なにもしやせん。
更子  放して頂戴。人を呼ぶわよ。
微々  人は、此処に多勢をる。さ、放しました。この次ぎ、こんなことをしたら、只ではすましませんぞ。
更子  へえ、何ができるの、あんたに?
微々  また、漫画に描いてやる。(さう云つて、実にこだわりなく、相好を崩す)
更子  (これも釣り込ま
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