に。しかし、六畳の部屋には、屑屋に払ふほどのものもなく、破れ障子に、初夏の陽のみが豊かに当つてゐる)
武部 では、御感想は、適当にこちらで……。どれ、夕刊に間に合はないといけませんから……。
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武部が去つた後で、微々は、ぼんやり、家の中を歩きまわる。(歌)
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二
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〇場末のカフエー。その翌朝。
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三人の漫画家は、ビールを飲みながら、額をあつめて、協議してゐる。
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六遍 相手は、それや、気狂ひかも知れんよ。しかし、気狂の言ひ分が通らんとも限らんからな。おれの識つてる判事は、娘の恋人を、それが門の外から口笛で彼女を呼んだといふだけで、警察へ突き出した例がある。恋人たる男は、一週間の拘留だ。何処の国の法律に口笛を禁じてあるか。
わたる 管をまくのはよせ。それよりも、対策を講じようぢやないか。弁護士を依頼する必要があるかどうか。
六遍 あるね。漫画の精神を理解した奴をね。誰だらう、われわれの識つてる範囲で……。
わたる それより、一万円はどうする。多少、準備をしとかんでもいゝか。
六遍 よろしい。その方は、おれが引受けた。楽天、一平、その他、先輩のところを廻つておくよ。漫画芸術のために、彼等、一肌脱ぐのは当然だ。しかし、それは、こつちが負けた時の話だぜ。
微々 勝ち負けは時の運だが、勝てば一体、どうなるんだい。もともとぢや情けないね。
わたる だからさ。運動資金といふ名義で、今から、手分けをして……。
微々 待て。苟くも、新興派のわれわれが、大家に頭を下げて、そんなことが頼めるか。第一、こいつは、おれだけの問題だ。君たちに心配はかけないよ。
六遍 おれは、別に、大して心配もしとらんがね。
わたる おれも、どつちかつて云へば安心しとる。
微々 それどころか、おれは、昨日の夕刊を見て、内心、雀躍をしたんだ。今日から展覧会は……。
六遍 それそれ、大入満員さ。それくらゐの見透しがつかずに、朝つぱらからビールが飲めるかい。
わたる 変なもんだなあ。さう云や、おれも、さつきから、相談に身がはいらなかつたよ。
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○展覧会場。
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延々長蛇の
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