如き入場者の列。
六遍とわたるは、受附に忙殺され、微々は、何処からか、慈善箱のやうなものを持つて来て、それを「売約済」の札を貼つた問題の絵の下にぶらさげ、その傍らに、掲示を貼り出した。――
「親愛なる入場者諸君並に諸姉よ。昨夕刊の報ずる如く、三堂微々は、此の作品を描ける罪によつて、計らずも天城更子嬢と法廷に相争ふ不幸を招けり。希くば、家に財なく、嚢中亦常に空しき一漫画家をして、彼の仰慕せしスクリンの女王に対し、その要求する金一万円を投げ与へしめよ。三堂微々は、正義を愛す。たゞ、天城更子嬢と共に、彼女の「美しさ」を護らんがために、法の裁きを怖るゝのみ」
入場者の大部分は、問題の絵の前に立つて動かうとしない。中には、懐中を探り、慈善箱に金若干を投入するものもある。笑声。私語。(合唱)
やがて、群集が二つに割れて、その間を、静々と歩いて来る女がある。云ふまでもなく、天城更子である。伴には、弟子の春日珠枝。
私語は、喧騒に変る。
更子は、絵の下の掲示を読む。職業的な微笑。
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
更子  (珠枝に)受附へ行つて、三堂さんが来てらつしやるかどうか伺つておいで。若し来てらしつたら、恐れ入りますが、ちよつとお眼にかゝりたいつて、さう申上げて……。
[#ここから5字下げ]
私語。笑声。喧騒。
やがて、三堂微々が、思ひの外慇懃な物腰で現はれる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
微々  僕が三堂微々です。初めまして……。
更子  おや、あなたが三堂さんですか。ぢや、昨日の方は……? まあ、なんでもよござんす。弁護士から、直接お話することは禁じられてをりますけれど、昨日お願ひしたことが実行されてをりませんので、ちよつと、その理由を伺つておきたいんですの……。
微々  はあ、この絵を撤回することですか。それは、つまり理由としては、さうするのが惜しいからです。
更子  惜しいとおつしやいますと……。
微々  つまり、残念なんです。
更子  私がたつてと申上げてもですか。
微々  あなたがたつてとおつしやつても、僕が困ると云ふんですから、これはちよつと、やはり困ると思ふんです。
更子  では、そのことは、外の方法で解決をつけませう。
微々  どうか、さう願ひたいもので……。
更子  いゝえ
前へ 次へ
全25ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング