如何です。御気に入りましたか。
更子 あなたがお描きになつたんですの。大変、結構ですわ。
六遍 いや、どうも、恐縮です。至つて、まだ未熟で……。
更子 そんなことございませんわ。何れ更めて御礼に伺はうと思つてるんですけれど、取敢へず、この絵を、あたくしに分けていたゞけませんか知ら……。
六遍 光栄です。
更子 今日、いたゞいてつてよろしうございませう……是非、さう願ひたいんですけど……。
六遍 はあ、それは一度、皆とも相談いたしませんと……なにしろ、展覧会の規則としては……。
嬉野 それは承知してをりますが、今回に限つて、特別の処置を取つていたゞきたい。理由は、追つて申上げるつもりです。
六遍 はあ、それは勿論、売ることは一つの目的ですが、それ以上に、私共には、自分たちの仕事を、成るべく広く世間に……。
更子 それぢや申上げますわ。私の方から申せば、この絵をこれ以上、広く世間になんか紹介していたゞきたくないんです。買ふ買はないは第二として、すぐに、これをこゝから外して欲しいんです。
六遍 と申しますと、つまり……。
嬉野 つまり、展覧の目的物とすることを中止して欲しいんです。徳義と法律の名に於て、それを、あなたに要求します。
六遍 私に?
嬉野 作者たるあなたの自由意志に、われわれは、まだ信頼してもいゝのです。あなたが同意をされなければ、己むを得ない。最後の手段に訴へるばかりです。
六遍 では、今夜までお待ち下さい。仲間と協議の上、多分、思召に叶ふやうに取計らへることゝ思ひます。
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更子は、六遍を尻眼にかけて、悠然とその場を去る。横川と嬉野がその後に続く。
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〇三堂微々の家。
[#ここで字下げ終わり]
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武部 そこで、この間題に対するあなたの御感想を伺ひたいんですが……。
微々 感想ですか。感想は、もうありませんな。その話を聞くまでは、いろいろ、これでも感想を繞らしてゐたんですが、蔓は、悉く破れました。もう一度、云つて下さい。賠償金は、いくらでしたつけな。
武部 一万円。
微々 一万円……。(考へ込む)
武部 一万円が一文も欠けてはといふことでした。
微々 まからんのですな。(彼は、空ろな眼であたりを見廻す――金目の物でも物色するやう
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