るドゥミイ・モンデエヌの社会は、或は彼女の夢みつゝあつた社会かも知れない。然し、彼女は夙くの昔、そんな夢から醒めてゐた。彼女は「落ち着いた生活」を心から望んでゐた。彼女はたゞ、「巷を彷徨ふ娘」に落ちて行くことを恐れた(下には下がある)その為めに、あらゆる男の手に縋つた、さういふ女の一人であらう。
彼女は、昨日まではまだ自分の「若さ」に頼つてゐた。「どうにかなるだらう」――さういふ女の唯一の哲学を、彼女もまた私かに抱いてゐた。
恋に生きる女の矜りと恥ぢを、希望と悔恨を、習癖と道徳を、彼女も亦もつてゐるであらう。
「恋人といふものは、お互に残し合ふ思ひ出のほかに、値打はないものよ」――
彼女ははじめて、「どうにかしなければならない」ことに気づいた。
若くして貧しき男、その男との絶縁は、やがて、過去の悩ましき恋愛生活との離別である。
「なんていふ空虚だらう。あんたは、何もかも持つて行つてしまふのね」――
此の空虚は、重荷を下した後の力抜けに似たものではないか。
外国の作品、殊に戯曲に現はれる人物の白《せりふ》を通して、その人物のコンディションを知る為めには、余程の注意と敏感さが
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