久保田万太郎氏著「釣堀にて」
岸田國士

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【テキスト中に現れる記号について】

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)われ/\は
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 これは久保田氏の五冊目の戯曲集だといふことである。なるほど数へてみるとさうだ。なぜそれがそんなに不思議な気がするかといふと、戯曲界のこの大先輩が、今日まで劇作の筆を執りつゞけ、しかも、量にすると僅にそれくらゐの数しか書いてゐないかと思ふからである。実際、僕は、久保田氏の作品を随分昔から愛読した。その独得の詩的境地もさることながら、先づ第一に感服したのは、氏の戯曲が何人にもまして、西洋近代劇の伝統を渾然たる姿において日本的表現のなかに活かしてゐるといふことであつた。いひ換へれば、日本にはじめて、心理と雰囲気の劇をつくりだし、しかも、所謂、文学の精神に通ずる劇的文体の新しい一つの見本を示したのである。
 氏、みづからいふ通り、「作品にも運不運がある」やうである。傑作、必ずしも評判にならない。久保田氏の作品を通じて、僕の好みからいふと、寧ろ小品に優れたものが多いと思ふが、やはり
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