時」である。かういふ時代に生れて、毎月の雑誌に載る戯曲を読み、その辺の素人劇を見せられて、大に好劇家面をしてゐる読者見物諸君は存外お人好しのやうであるが、これはどうも責める方が無理らしい。
「戯曲掲載雑誌不買同盟」などぼつぼつ思ひつく読者はないか知ら。
「新作上演妨害同盟」といふやうなものも――これは、一つ早速やつたらどうです――勿論これは玄人俳優に限ること。
さうすると、みんなおれも素人だ、あたしも素人よ、などゝ云ひ出すかもわからない。
僕の最も敬慕する詩人の一人アルフレッド・ド・ミュッセは、十九世紀が生んだ仏蘭西最大の戯曲作家である。
彼の処女劇作『ヴェネチヤの夜』が、オデオン座に上演された時、見物は冷遇した。批評家は嘲笑した。
彼は憤つた。然し、落胆はしなかつた。彼は書き続けた。彼はその戯曲を活字にすることで満足した。『戯れに恋はすまじ』、『マリヤアヌの移り気』など、今日、仏蘭西の舞台を飾る名篇は、当時の劇壇から全く顧みられなかつた。
後年――作者の歿後――女優アラン夫人が、露国の首都に旅して、始めて同作者の小喜劇『出来心』を舞台にかけ、予期以上の成功を収めて、これ
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